6月25日(土)

■馬券とPOGが競馬サイトをつまらなくしているのか

競馬がスポーツ、ビジネス、ギャンブルという3つの要素で成り立っているとするならば、馬券というファンにとってのギャンブルという要素だけで競馬を捉えるのは不可能である。こういえると思うのだがどうだろうか。

さて、スポーツ新聞の競馬面を見れば必ずといっていいほど出走想定と当てにならないトラックマンだか記者の予想印がついてくる。馬券を当てる、馬券収支をプラスにすることだけが競馬なのかと小一時間ほど問い詰めたい。

競馬系blogで予想を扱うサイトの大半は、そんな当てにならないスポーツ新聞の予想印と一緒のようなものだ。稀にレースが終わった後に後出しして予想的中とか抜かす輩がいるのは目も当てられない。捏造して何が楽しいかと。もはや人生の負け犬にしか過ぎない姿は、嘲笑の対象にしか過ぎないことをわかっていてやっているのかは疑問である。

馬券的意味合いでもそうだが、馬のオーナーになれないという意味では、大多数の競馬ファンが人生の負け犬である。この国に限らずとも、馬を持つのにはとりあえず金が要る。自分の持ち馬がレースを勝ち負けするという状況を考えるならば、金をつぎ込んで馬券で勝負しようとするただのファンとは段違いの興奮をオーナーは味わっているのではないかと。

POGというみみっちい遊びなんかせずに、金を払って一口馬主にでもなれと。所詮は紙の上でのお遊び。他人より良い馬を運で引き当てるドラフトという行為は、もはやビジネスでもギャンブルでもスポーツでもない、単なる運試しとしか思えない。

他人のblogをそのまま鵜呑みにして馬券を買うという行為も同じく運試しといえる。もはやそれはギャンブルではなく、数字が当たることを待つだけの他力本願なゲーム、サマージャンボだかドリームジャンボ宝くじ以下である。

と書くと、馬券やPOGを否定しているのか?と言われそうだが、別に真っ向から否定してるわけじゃない。どうも他力本願な考え方をしている人は多すぎやしませんか、というお話であると思っていただければよろしいかと。己の全ての知識、経験、記憶を発揮して馬券を買うという行為は、単なるギャンブルを超えた何かがあるし、あの馬が好きだからという理由だけで馬券を買う応援馬券という買い方もそれはそれでありと思う。馬券の買い方は人それぞれだと思うが、自分の意思で馬券を買わなければやはり意味がないと思う。

POGに関してもそれはそれで競馬の一つの楽しみ方だとは思うが、POGが現実の競馬に影響を与えることはない単なるシミュレーションにしか過ぎないということは頭に入れておくべきだろう。単なるGameなんだから。

6月13日(月)

■ひぐらしの"な"く頃に

/higurasi4/WAV/LP/4.mp3がdigital_network。夏に新作出るんだっけ、、。

■馬・故障情報

・ノボジャック急死(ソースなし)
・ディアデラノビア剥離骨折。アメリカンオークス回避。(クラブ公式)
どちらも”とるたらスレ”より。前者の信憑性は怪しいものがあるがいかに。

6月12日(日)

■Hit数とクリック率

Hit数とクリック率独り言以外の何かかーずSPより)

クリック率、ですか。このサイトの場合、デイリーのユニークが700と800の間をうろうろしている。と単純に数字だけ見るとネタ元の独り言以外の何かさんの足元にも及ばないわけですが、クリック数を見ると最近リンクを張ったとあるはてなダイアリーの競馬の記事では一日で250ほど叩き出したようです。率にすると3割ほどですか。もっともこの数字は最大瞬間風速みたいなものだとは思いますが、いろいろな要因がハマれば、デイリーユニーク2000クラスの個人ニュースサイトがもたらす人の流れが出来上がるわけですか。

クリック率が高くなる要因として、そもそもこのサイトのユニークが比較対象のサイトに比べ圧倒的に少ない、競馬というニッチなジャンルを扱っている…すなわち競合するサイトがほとんどない、という2点が挙げられますか。前者はさておき、後者は結構大きいかなと。普通の個人ニュースサイト、ことさら孫・ひ孫ニュースサイトだと他サイトからネタを引っ張ってくるわけですが、どうしても他のサイトとネタがかぶってしまう。幾つかの個人ニュースサイトを回っている読者ならば、そしてすでに他のサイトであるリンクをクリックしその記事を閲覧済みならば、自サイトで同じネタを扱っても読者はすでにそのリンクを見たわけですから、もうそのリンクを踏もうとはしない…よってクリック率は必然的に下がると。当たり前のような話ですが、そういう面は多分にあるのかなと。

■寺山ならこう言うのだろうか

寺山修司ってどうよ?@競馬板
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/uma/1110357162/

56 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2005/04/15(金) 11:59:16 ID:I88+8xgv
さてさてディープインパクト、
今の競馬界は英雄を必要とする時代なのだろうか

ハイセイコー敗れたりでも読み返そう・・・

57 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2005/04/15(金) 23:05:18 ID:ikL+4DRb
>>56
英雄を必要とする「競馬界」は何かうそ寒いね。
英雄を必要とする「現実界」も何かうそ寒いね。

人生がたかが一つのレースに過ぎないのならば、
そのレースを、ただ一回きりのものとして見てみたい。

私はディープはおさえまで。無事ならばダービーはこの馬だろうが。
すし屋の政は「無敗の2冠馬だよ」などと言っているし、
肉体美好きの桃ちゃんは「金剛力士王」などと言っているが、
私の本命マイネルレコルト。
前走は大事に乗ってせり負けたけれど、強気に乗ればまんざら
馬鹿にできないのではと思う。
武と同様に「父福永」よりも冴えをみせそうな福永の一枠と、曲者揃いの八枠
とに流す馬単を買い、あとは三連複で14を入れたボックス。

「悪魔の囁き」の古山さんの予想と被りそうで不安だが、
思い切って華奢な馬を本命にしてみました。
さて、どうなものかな。

58 :寺山的保守:2005/04/16(土) 00:36:53 ID:3RGLBxf1

英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。

>57
惚れた

59 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2005/04/16(土) 21:54:12 ID:12TVXd46
さて明日は真の英雄と成り得るのでありましょうか?

立っては落ちてしまうことが多い寺山スレ。そのスレに皐月賞前に書かれた寺山のパロディ。英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。という文句が、なんとも言えない感覚を呼び覚ます。

結局のところ、そうまでしてディープインパクトを持ち上げる必要はあるのだろうかという一点に尽きるわけだけれども、そのことに対する答えのひとつが上の引用文ということになるのだろう。