はじめに
この文章はもともと、2012年に「ウェブ標準とは何か?」というタイトルで一度書き始めたものの、途中で放り出してしまったものでした。かなり間を置いて、2021年と2022年に少し改稿したものの、やはり途中で止まったままでした。
そういう中途半端な状態であったのと、2022年に書き直してみたもののやはり何か心の中で引っかかるものがあったこと、今(2024年)読み返してみると結構強引に話をつないでしまっていることなどいろいろあるのですが、世の中にいろいろな書籍や資料がある中、わたし如きがストーリー立てて何かを書くというのがそもそも無茶なのでは…?という結論に至りました。そういうことで、「ウェブ標準のルーツの資料メモ」というタイトルに改めて、調べた資料のメモを随時書き留めることにしておきます(メモという位置づけにすれば、途中で止まるという概念がなくなるだろう…という下心もあります)。
もともとの「ウェブ標準とは何か?」というのは、筆者が「標準」そのものに興味があることと、調べ物をするのが好きだからといった動機でした。ここではウェブあるいはネットワークに関する実際のコーディングですとか、実務に直接役に立たない背景だったり、歴史だったりの話をメモしておきます。
メモの内容としては、ウェブを少し探してみると見つけられるウェブページ、ウェブにはない図書館の「歴史」の棚にあるような書籍、もしくは関係しそうな論文などです。
ウェブ標準とは何か?
The Web Standards Project (WaSP)の主張[1]によれば、「(X)HTML、XML、CSS、DOMというW3C勧告とECMA ScriptというECMA規格」というのが、ウェブ標準の1つの説明となります。
このWaSPの主張は2002年になされたものでした。(この文章を最初に書き始めた2012年では、)それから10年が経ち、日進月歩とも言うべきITの世界は現在進行形で姿形を変えてきました。ウェブもそのご多分に漏れず随分と姿を変えたとよいでしょう。Facebookやmixiなどに代表されるソーシャルネットワークという概念はかつてなかったし、YouTubeやニコニコ動画といった動画サービスで気軽にストリーミングできるなんて夢にも思っていませんでした。また、Internet Explorer対Netscape Navigatorというブラウザー戦争は本当に遠い過去のものになっています。Netscape亡き後、その遺伝子を引き継いだMozilla Firefoxに代表されるGecko、Gecko“のような”Webkit―Google ChromeとSafari―AndroidやiPhoneという携帯機器、ゲーム機などの組み込み機器で存在感を示していたPresto Opera、ウェブ標準準拠を強く意識した生まれ変わりつつあるInternet Explorerというような複数のウェブブラウザーがウェブの進化を促すという10年後を、誰が予想したでしょうか。
そこからさらに10年ほどの時間が経過した2024年現在では、Microsoftは独自エンジンのブラウザーをあきらめ、Microsoft EdgeはGoogle Chromeの派生ブラウザーという位置付けになりました。Opera―もう今のOpera社はオーナーが変わってしまった―はいろいろあってVivaldiというブラウザーになったものの、VivaldiもまたChromeの派生ブラウザーとなっています。FirefoxとSafariは頑張っていますが、ブラウザーシェアとしてはChrome一強という状況ではあり、標準化の促進という意味ではあまり好ましくない状況になってしまっています。
狭義のウェブ標準としては、WaSPの主張を受け入れればいいのかもしれません。それから20年が経って、HTML仕様はHTML Living Standardという名前となって、WHATWGというW3Cではない団体が管理するようになりました。ウェブ標準とは何なのか、という疑問に対して安直な答えを導くことなく、そもそも標準とは何なのか、ウェブとは何なのかという原点に立ち返ってウェブ標準を考えてみるのも悪くないだろう、というのが2012年当初のこの文章の趣旨でした。
標準と標準化
多少なりとも標準という言葉に興味があるならば、WaSPの挙げるW3CやECMAという単語を見聞きしたことがあるという人も多いでしょう。世間一般としては、ISOのほうが有名かもしれません。これらW3CやECMA、ISOは、その生い立ちや役割の差はありますが、一般に標準化団体と呼ばれるものです。標準化団体については機会があれば別途詳しく触れるかもしれません。
さて、標準ないし規格とされる技術仕様を作る過程を標準化といいます[2]が、標準化の歴史を紐解くと、最初に暦の発生があり、次に単位の発生があったとされます[3] [4]。そこで、標準あるいは標準化というものを考えるにあたって、まずは暦について見ていくことにします。