ウェブ標準における長さの定義
ウェブページで見た目を表現するCSSは、CSS SnapshotというW3C Group Noteで定義されており、長さについては、CSS Values and Units Module Level 3[1]というモジュール仕様で規定されています。
- CSS Values and Units Module Level 3の5.2. Absolute Lengths: the cm, mm, Q, in, pt, pc, px unitsとして、見出しのとおり7つの単位が定義されています。
- このうち、cm、mm、Qは、メートル法由来の単位です。
- 残りのin(インチ)、pt(ポイント)、pc(パイカ)、px(ピクセル)は、ヤード・ポンド法由来の単位です。
ここでは、ヤード・ポンド法由来の4つの単位について探って行きたいと思います。
ポイントについて
だいたいのことは英語版WikipediaのPoint (typography)にまとまっていたりはします。
CSSでは文字の大きさとして、ディスプレイ上に文字を表示させる目的で上記の7つの単位から選ぶとすれば、ピクセルで設定するのが一般的かと思います。しかし、活版印刷の活字の大きさとしては、ポイントが用いられてきました。日本印刷産業連合会の印刷用語集「ポイント」[2]では、次の3つのポイントが提示されています。
- DTPのポイント。国際インチ(厳密に2.54 cm)の1⁄72であり、1ポイントは約0.3528 mmとなる。1984年にリリースされたPostScriptに由来するはず。これはCSSのポイントと同一の値。
- アメリカン・ポイント。JIS Z 8305-1962 活字の基準寸法では、この1ポイントを0.3514 mmと規定。
- ディドー・ポイント。ヨーロッパで使用されており、この1ポイントは約0.3759 mmとなる。
この3つの中では、ディドー・ポイントがもっとも古いものですが、さらに古いものとしては、ディドー・ポイントの改良元となった、フルニエ・ポイントというものがあります。このあたりのことは、日本語サイトでは、日本印刷技術協会の澤田善彦コラム集にあるポイント・システムの由来やポイント・システムの由来(2)に記述があります。
フルニエ・ポイントというものは、パリで活動していたピエール・シモン・フルニエ Pierre-Simon Fournier(1712-1768)が1746年にManuel typographique[3]の中で提唱したものです(もっとも、Manuel typographiqueの中では1737年に発表したと書いています)。この中でフルニエは、1ポイントを長さ1⁄6 ligneと定めました。1 ligne = 1⁄12 pouceなので、長さ2 pouceの物差しを用意すれば、これが144ポイントの物差しとなる…というものです。ここで、ligne(リーニュ)とpouce(プース)という単位はフランスの古い単位です。pouceは現在のインチに相当する単位です。
こうして、それまでは活字の大きさごとに固有の名称が付いていたものを、ポイントという単位で割り付け直すようにしたのです。Manuel typographiqueのノンブル125ページからはじまる“DES POINTS TYPOGRAPHIQUES”のセクションにあるテーブルに、活字の大きさを表す名称とポイントが記載されており、Internet Archiveで閲覧することができます。
ただし、このフルニエ・ポイントは、紙に印刷された物差しで不安定なものでした。のちに、フランソワ・アンブロワーズ・ディドー François-Ambroise Didot (1730-1804)がポイントを固定するために、その基準にpied du roiを用いることを1773年頃に提案しました[4],[5]。pied du roi(ピエ・ドゥ・ロワ、「王の足」)という単位も古いフランスの単位で、現在のフィート(約32cm)に相当するものです。ここで、1 pied du roi = 12 pouceとなります。つまり、1ポイントを1⁄864 pied du roiと定義し直したのです。
1 ligneは何ミリメートルなのか
今日、私たちが使っている国際単位系は、1789年に始まったフランス革命を契機にメートルが作られ、その延長線上にあるものです。実際に子午線を測量をして1メートルを決めたわけですが、1メートルは当時のフランスの単位でどれだけの長さなのかが法律で定められました。1793年8月1日の法令で、1 mは、3 piedと11.44 ligne、つまり 1000 mmが443.296 ligneと定められました。これに至る経緯は、フランス語版WikipediaのArc measurement of Delambre and Méchainがかなり詳しいです。
法律から計算するディドー・ポイントは、次式のようになり、上記で提示されたように、約0.3759 mmとなります。
フルニエ・ポイント周辺の話
- ポイントシステムはフルニエ・ポイントが最初ということにはなっていますが、実際には、セバスチャン・トルシェ Sébastien Truchet (1657-1729)が先にアイデアを考案し、フルニエはそのアイデアを取り入れたとする話もあります[6]。『モダン・タイポグラフィ』[7]によると、その証拠は見つかっていないとされています。
- Andrew BoagのTypographic measurement: a chronology[8]では、フルニエ・ポイントよりも前の年代の話が少しあります(本筋としてはむしろ、現代の話のほうがメインの内容)。
- ポイントシステムについて直接は関連しないのですが、『フランス絶対王政下の書物と検閲』[9]という紀要論文は興味深いものがあります。当時の出版周りの事情を伺い知ることができます。
ヨハネス・グーテンベルクについて
ルネサンスの三大発明(改良)の1つの活版印刷術は、ヨハネス・グーテンベルク Johannes Gutenberg(1400頃-1468)によって発明されました。グーテンベルクは、ドイツ(当時の神聖ローマ帝国)のマインツで活動していた人です。西洋初の印刷されたグーテンベルク聖書(四十二行聖書とも呼ばれる)は、後の宗教革命に大きな影響を与えましたが、四十二行聖書が印刷されたのは1450年代のことでした(『100のトピックで知る ドイツ歴史年鑑』[10]では「グーテンベルクによる活版印刷の発明」を1450年としています)。
ここで2つの疑問が出てきます。1つは、活版印刷術が発明されて300年も後にポイントシステムが生まれたことです。それだけの年月が経ったのは、科学の進歩が必要だったと思われます。もう1つは、ドイツで発明された活版印刷術が、ドイツではなくフランスでポイントシステムが生まれたことです。
インキュナブラについて
グーテンベルクが活版印刷を発明してから、1500年までに印刷されたものをインキュナブラと呼びます。国会図書館のインキュナブラとは何かの説明を引用してみます。
インキュナブラという言葉はラテン語incunabulumの複数形incunabulaで、「揺りかご」という意味から転じて「出生地」「初め」を意味します。本の世界では、金属活字により印刷され、印刷年が1500年以前のものをインキュナブラと呼んでいます。1500年という区切りは世紀の変わり目という便宜的なもので、1501年から本の姿ががらりと変わったわけではありません。
国会図書館のページでは、「インキュナブラの印刷年と印刷地域」の表で印刷地域の広まり具合が見て取れますが、1460年代には、ドイツで広まるのと同程度の速さで、イタリアにも広まっています。フランスは10年程度遅れて、1470年代に広まり始めました。ほかにも、ネーデルランド、スペイン・ポルトガル、イギリスと、インキュナブラは西ヨーロッパ全土で印刷されており、16世紀にはヨーロッパの至るところで印刷が行われていたことがわかります(そのあたりの事情は『書物の出現 (下)』であったり、『西洋印刷文化史 : グーテンベルクから500年』が詳しいです)。その意味では、ドイツでない国でポイントシステムが生まれたこと自体は、不思議ではないといえるでしょう。
中世ヨーロッパの単位事情について
Encyclopaedia of historical metrology, weights, and measuresという歴史的な度量衡の百科事典があります。この本では現在の国ごとに歴史的な度量衡の説明がされていますが、Germanyのセクション[11]には次のような記述があります。
In earlier times, there was huge confusion regarding the measurement systems in Germany. For example, there was 112 different “Elles” and 123 different “Eimers” reported in 1800. The metrics system has been official since 1871 and compulsory since 1872.
“huge confusion”とはなかなかの書かれっぷりですが、神聖ローマ帝国は多数の領邦と自由都市の複合体であり、強力な中央集権機構を持っていませんでした。そのことも手伝って、各都市で単位がバラバラだったようです。引用にみえる1871年という年は、ドイツ帝国が成立した年でした。(現代の国際単位系の基礎となるメートル条約が締結されたのは、1875年のことです[12]。)
ではフランスはどうだったのかというと、前述の百科事典のFranceのセクションには、
Most often, each city maintained its own separate system of weights and measures. Many of the larger cities also maintained systems that served wider regional needs, and just a few systems were adopted by the King for national use.
という具合で、絶対王政のような体制下でも、やはり都市ごとにまちまちだったようです(だからこそ、フランス革命後のメートル法で、伝統的な単位を一掃したかったというのはあったかと思います)。このように、都市ごとに単位が微妙に異なっていたというのが中世ヨーロッパの事情のようです。
パイカについて
pica(パイカ)はイギリスの12ポイントのサイズの名前(WikipediaのTraditional point-size namesも参照)に由来するようです。フランスのCicéro(シセロ)に相当するものでもあります。シセロはマルクス・トゥッリウス・キケロ Marcus Tullius Cicero(106BCE - 43BCE)のEpistulae ad Familiares(縁者・友人宛書簡集)を1468年にPannartz and Sweynheimが印刷したことから付けられたそうです(Cicero (typography))。語源辞典etymonline.comのpicaでは、
probably from pica, the name of a book of rules in the Church of England for determining holy days
とあり、Picaという印刷物にちなんだ名前なのかもしれません。いずれにせよ、CSSでは、1 pc=1/6 in=12 ptです。
CSSでの話
CSSのpx(ピクセル)ですとかem(エム)ですとかの話は…W3CのCSS: em, px, pt, cm, in…にお任せしましょう…。ポイントを調べるのに力尽きてしまったというところです。